マネジメントモデルは人間のからだ

バイブルの中にあるマネジメントモデルのイメージは『人間のからだ』である。

初代教会というコミュニティをマネジメントし、提供するサービスを世界中にもたらした最高のリーダーであり、マネジャーであるパウロという人は、当時のコミュニティリーダーとマネジャーに「人間のからだ」を例にとって、マネジメントの原則を教えている。その原文が以下の内容である。

『確かに、からだはただ一つの器官ではなく、多くの器官から成っています。たとい、足が、「私は手ではないから、からだに属さない」と言ったところで、そんなことでからだに属さなくなるわけではありません。たとい、耳が「私は目ではないから、からだに属さない」と言ったところで、そんなことでからだに属さなくなるわけではありません。

もし、からだ全体が目であったら、どこで聞くのでしょう。もし、からだ全体が聞くところであったら、どこでかぐのでしょう。しかしこのとおり、神はみこころに従って、からだの中にそれぞれの器官を備えてくださったのです。

もし、全部がただ一つの器官であったら、からだはいったいどこにあるのでしょう。しかしこういうわけで、器官は多くありますが、からだは一つなのです。

そこで、目が手に向かって、「私はあなたを必要としない」と言うことはできないし、頭が足に向かって、「私はあなたを必要としない」と言うこともできません。それどころか、からだの中で比較的に弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないものなのです。また、私たちは、からだの中で比較的に尊くないとみなす器官を、ことさら尊びます。こうして、私たちの見ばえのしない器官はことさらに良いかっこうになりますが、かっこうの良い器官にはその必要がありません。

しかし神は、劣ったところをことさらに尊んで、からだをこのように調和させてくださったのです。それは、からだの中に分裂がなく、各部分が互いにいたわり合うためです。もし一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、もし一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです。』(新約聖書コリント人への手紙)

現代の会社や家庭、あらゆるコミュニティがこのような組織体として機能するなら、どんなに素晴らしい社会が築かれるだろう。

ライフデザインネットワークは、そのために貢献できるネットワークでありたい。

 

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