人間らしいブランディング

最近、巷ではパーソナルブランディングなるものが、注目されている。

私が自分自身のブランディングを考えるとき、<自分らしさ>の前に<人間らしさ>を考える!

ここを飛び越えて<自分らしさ>を考え始めると、ゴルフクラブとしてゴルフを楽しむ為に作られたものが、誰

かを殺める道具として使われてしまうような事になりかねない。

人は限りなく自己中心的にものを考えやすいので、<自分らしさ>という事でさえも、人間としての<本来のあ

り方>や<本質>から外れると変な事が起こってしまう。

私もそんな過ちを数多く犯してきた者の一人である。

だからこそ、<自分らしさ>の前に<人間らしさ>を確認したい!追求したい!

あなたは人間が他の生き物と違っている<人間らしさ>とは何だと考えますか?

或は、他の動物と比較しなくても、本質的に人間が人間である<らしさ>特長、役割、存在価値をどのように考えますか?

なんだか哲学的になってしまいそうですが、そんな暇はない!

余談だが哲学は、暇を持て余していた貴族層から生まれたという説がある。

そう言えばうちのおかんは、良く「そんな難しい事考えている暇はないわ!毎日食っていく事で精一杯や!」と言っていた。忙しくて更年期にもならなかったそうだ!大阪のおかん恐るべし!

話しは戻りますが、私は人間らしさの一つをバイブルの言葉から見出した。

バイブルには、人は「地の塩」「世の光」であると教えている。

塩も光も、そのものだけではあまり価値が見出しにくい、塩だけを食べる事はあまりない。

塩は、肉(料理)にとけ込む事によって肉の旨味が増し、塩の存在価値が増す。また腐敗も防ぐ!

光も、何かを照らしてこそ役に立つ。光だけを見ると目がやられる。

強ければ強いほど害を与える。闇の中でこそ光は最大限の役割を果たす。

これらの事から<人間らしさ>とは、自分の存在や関わり方で誰か(他者)を生かす事にあると捉えている。

牧師時代は、この社会の腐敗を防ぐことの役割に偏りすぎて、批判的にものを考える傾向が強く、評論家のよう

であった。嫌な奴!

しかし、もう一度<人間らしさ>を塩の役割で見つめ直した時、誰かを批判的に見る様な<人間らしさ>では

なく、その人の旨味を最大限に引き立たせる<人間らしさ>をかもし出すような存在でありたいと願うように

なった。

そして、この<人間らしさ>を土台として、私固有の<自分らしさ>を見出し、磨きをかけていきたい!

これが<私らしい>ブランディングである。

あなたも人間らしい<自分らしさ>を発見して下さい。

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