Archive for the ‘自分らしさ’ Category

薪(たきぎ)のような人生

「たき火」が大好きだ!

幼いとき、海辺の砂浜で流木を集めて燃やした。火を見ているだけで何とも言えない心地よさを覚えた。鍵っ子で家に帰っても誰もいない寂しさを「たき火」で癒していたのだろうか?

学生時代、キャンプファイヤーをやる時は決まって火を扱う担当になっていた。

神学校で学んでいたとき、敷地内の雑草や木を燃やす作業があった。たき火を超えて、ものすごい大きな火になった。先輩に「都会の人はこれだから困る!」と白い目で見られた。

三田に住んで5年前に今の場所に移った!

田舎なのでいくらでも「たき火」ができる。庭の木を剪定して「たき火」

ちょっと疲れが溜まると枯れ枝を集めて「たき火」これが今の私のお金が掛からない贅沢な一時である。

先日出会ったコンサルタントの方は、将来「たき火屋」をやる事が夢だと語っていた。

私はすかさず「三田支店をさせて下さい!」と志願した。

なぜ、「たき火」がこんなにも私の心を引きつけるのか?

恐らく「薪」に自分の人生を見ているのかもしれない!

まだ、燃えていない!完全燃焼したい!たき火のように誰かにぬくもりを与えるような存在になりたい!

一人で燃える事はできない!他の薪と重なり合う事が必要!

私は誰と重なり合って燃えるのだろうか?

一緒に燃える仲間が必要だ!

そして、最後は何も残さず完全な灰になる!

これが私の「自分らしい人生」としての願いだ!

誰と生きるのか?(これからの10年)

昨日は、あるイベント(ワークショップ)でこの10年間を振り返り、これからの10年に思いを馳せる時を持った。

約4時間の出来事だった。

そして、この10年間に本当に色んなことがあったことを思い出した。私の場合、天国と地獄を見た様な10年であったことを認識できた。

そこから「その経験から何を学びましたか?」「これからの10年をどのようにしたいか?」この問いに答える形で、一つの答えが出て来た。

これからは、「何かを達成する」、「何かを成し遂げる」という事より、何をするにしても「誰とやるのか!」「誰と生きるのか!」を大切にしてゆきたい。

これが、これからの10年に向けてのポイントだ。

地の塩として生きたい!

いよいよ明日は、PTA総会だ。これで一応正式に会長としてのお役御免になる。

昨晩は、連合PTAの最後の会議、こちらも一応これでお役御免となった。

昨年の今頃は、人生の中で最も大胆な決断をした頃である。(前職を退職したこと)

それから早くも1年が過ぎようとしている。

あまりにも多くの事があって私の記憶装置に治まらないほどである。

そんな中で、PTA活動を通して新しい出会いが沢山あった。そして、その出会いの中で、これからの人生で取り組むべき課題が沢山見えて来た。

私が愛読する聖書には、人間は「地の塩、世の光」として生きるものとされている。

塩は、とけ込む対象の旨味を増す役割があり、同時に腐敗を防ぐ役割がある。大好きな肉料理に塩は欠かせない。

この1年間は、十分にとけ込む事は出来なかったように感じている。しかし、今までの住み慣れた世界から飛び出した事によって、何処にとけ込んでいけば良いのかは見せられたように感じている。

これからの新しい年度は、塩としてとけ込んで人々の旨味を増す様な存在でありたい。

自分らしく、地の塩として生きたい!

怒りの感情

怒りの感情は悪いもの!

私は随分長い間そのように理解していた。

怒りの感情をそのままにしておくとあまり良いものは生まれないと思っていた。

もちろん、そのままにしているのは良くないかもしれない。

しかし、怒りの感情さえもありのままに受け止めて、その感情に向き合っていく時、怒りの中にある本当の願いや思いに出会うことが出来る。

そして、その出会いは、自分も知らなかった<自分自身との新たな出会い>となる事がある。

怒って罪を犯すような事は避ける必要がある。

でも、怒る事を止めてしまって1つの枠の中に治まってしまう自分にはなりたくない!

そんな人生はつまらない!

自分も含めて、評論家、瞑想家、何も行動しないで「ああでもない?こうでもない?」という人が増えて来ているように思えてならない!

もっと怒れ、もっと不満を持て、人生はこんなもんじゃない!と叫べ!

今日は、一人の怒れる友がそんな事を教えてくれた!怒り、憂いる友に祝福あれ!