幼いとき、海辺の砂浜で流木を集めて燃やした。火を見ているだけで何とも言えない心地よさを覚えた。鍵っ子で家に帰っても誰もいない寂しさを「たき火」で癒していたのだろうか?
学生時代、キャンプファイヤーをやる時は決まって火を扱う担当になっていた。
神学校で学んでいたとき、敷地内の雑草や木を燃やす作業があった。たき火を超えて、ものすごい大きな火になった。先輩に「都会の人はこれだから困る!」と白い目で見られた。
三田に住んで5年前に今の場所に移った!
田舎なのでいくらでも「たき火」ができる。庭の木を剪定して「たき火」
ちょっと疲れが溜まると枯れ枝を集めて「たき火」これが今の私のお金が掛からない贅沢な一時である。
先日出会ったコンサルタントの方は、将来「たき火屋」をやる事が夢だと語っていた。
私はすかさず「三田支店をさせて下さい!」と志願した。
なぜ、「たき火」がこんなにも私の心を引きつけるのか?
恐らく「薪」に自分の人生を見ているのかもしれない!
まだ、燃えていない!完全燃焼したい!たき火のように誰かにぬくもりを与えるような存在になりたい!
一人で燃える事はできない!他の薪と重なり合う事が必要!
私は誰と重なり合って燃えるのだろうか?
一緒に燃える仲間が必要だ!
そして、最後は何も残さず完全な灰になる!
これが私の「自分らしい人生」としての願いだ!

